より崇高な、社会的責任を全うできるのが「結婚」です
中東エジプトの観光参事官として、自国の観光や歴史の普及に尽力されているカリールさんをゲストにお迎えし、国民の90パーセントが、イスラム教スンニ派に属する国、エジプトならではの結婚観や文化についてお話をうかがいました。日本との意外な共通点は「お見合い」にあるようです。
エジプトでもすすむ晩婚化
川部
私どもが運営する結婚相談所では、所属する会員どうしを結びつけ、結婚へと導くことを業務としております。エジプトでもこのような結婚相談所やお見合いを斡旋するサービスはございますか?
カリール
結婚式を企画するウエディングオーガナイザーの仕事は増えていますが、事業として結婚のマッチングを行っている企業はないと思います。ただし、パートナーになりえる人を個人的に紹介するような人は存在します。
川部
お似合いの若い男女を引き合わせる人ということですか?
カリール
えぇ、そうです。エジプトの北部やベドウィンなどでは今でも良くあるのですが、色々な家庭の家族構成や雰囲気などを広く把握している女性が、「あなたにお似合いの人がいるわよ」と紹介します。
川部
昔は日本にもそのような方はたくさんいらしたのですが、今は減ってしまいましたね。そもそも、本人の周りの人達が、年齢を気にして結婚を急ぐような風潮がなくなってきています。エジプトではいかがですか?
カリール
確かに晩婚化は進んでいて、今は23~30歳くらいで結婚する人が多いです。子供の数もだいぶ減ってきて、今は平均2人くらいです。昔は男の子が生まれるまで出産し続けるというようなこともありましたが、今は違います。これには経済的な問題も大きいように思います。
川部
子供を育てるのには、お金がかかりますからね、教育費は惜しめない部分でもありますし。
カリール
えぇ、そうですね。逆に、私から質問なのですが、日本ではなぜ若い方が結婚を急がないのでしょうか?
川部
そうですね。様々な要素が絡んでいるとは思いますが、やはり結婚・出産後の女性にとって働きやすい環境がまだ十分でないことが、最も大きな理由のひとつかもしれません。一方で、女性の社会進出は進んだため、結婚しなくても満足に暮らしていけることも、結婚をあせらない要因かと思います。エジプトではいかがですか?
カリール
一般の男性にとっては出逢いは増えているものの、エジプトでは「結婚」そのものに非常にコストがかかるため、軽々しく結婚を考えられない状況にあります。イスラム教では「結婚を決めたら、なるべく早く一緒に住んで結婚したほうが良い」という考えがありますので、準備さえ整えば自分も家族も早く結婚したいと考えてはいます。
川部
経済的な不安がなければ結婚は早く決まるということですね。
カリール
エジプトでは結婚するのは当たり前という考えなので、まず結婚に興味がないという人はいないでしょうね。
川部
女性が仕事との両立で悩むことはありませんか?
カリール
個人的な見解ですが、エジプトのアッパークラスではそのような問題はあまり起こらないように思います。
川部
専業主婦を選ばれる方が多いということですか?
カリール
ええ。大学を卒業するような高学歴の女性であっても、環境が許せば専業主婦を拒む必要はないと考える人は多いです。確かに以前よりもずっと、企業の社長や政治家といった社会進出を果たす女性も増えていますが、一方で専業主婦の人も十分幸せな生活を送っています。ビッグカンパニーよりも家庭の仕事が大切、という考えがありますから、家庭をおろそかにしてまで働こうというのは経済的に大変でない限りはないと思います。
川部
育児がひと段落するまでは、主婦であることが普通なんですね。
カリール
多くの女性は、子供が大きくなって余裕ができてから、個人的な事業や政府の仕事などを行っていますね。仕事が成功しても、家庭がうまくいかないようでは男女とも社会的に認められない風潮がありますから。とくに、子どもをいかに大切に育てるかは重要視されています。
相手を深く知るための婚約期間
川部
エジプトにおける、出逢いから結婚までの流れを教えていただけますか。
カリール
出逢いのきっかけは人それぞれですが、紹介とそうでない人の割合は半々くらいでしょうか。多くは結婚を前提に交際しますが、結婚前にカップルだけでデートすることはありません。兄弟や友人などが同席して会うのですが、これは大都市部でも地方でも同じです。
川部
結婚するまで、二人だけで会うことはないのですか?
カリール
親同士を交えた簡単な顔合わせの儀式を経て、さらに結婚の意志が固まったら「婚約式」を執り行います。婚約式の後は、それ以前よりも二人で出歩くことが認められますが、同居しているわけではなく、やはり一定のルールが残った状態でお互いのことをよく知る期間となります。
川部
なるほど。モラルが明確に残っているんですね。婚約式はどのようなイベントなのでしょうか?
カリール
日本で言う「結納」に近いかもしれません。婚約式では身近な親戚が集まって簡単な宴席が設けられ、結納金や指輪、家具などがプレゼントされます。結婚は家と家との新しい関係を作るための契約ですから、この婚約式を行う頃に結婚契約金や家具について、両家の親も交えて相談します。
川部
婚約期間はどのくらいですか?
カリール
だいたい半年から1年くらいですが、結婚の意志が固まるまでなのでとくに期間が定まっているわけではありません。
川部
その期間に破談、ということもありえるのですか?
カリール
たまにありますね。でも揉め事が起きて破談にならないように、あえてその婚約期間を短くするという人もいますよ(笑)。
川部
先ほど結婚が契約であるとおっしゃっていましたが、どんなことを契約するのですか?
カリール
エジプトでは結婚するときには必ず契約が必要と法律で定められています。結婚契約には3つの条件があります。①互いを受け入れる、②結婚に合意する、③結婚を宣言します、という実にシンプルなものです。この契約を二人の証人の下に交わすことで、結婚を宣言したことになるのです。
川部
結婚契約というと、なんだかすごく細かな条件を定められているのではと思えますが、実際は非常にスタンダードな内容なんですね。
カリール
そうですね。世界で初めて、結婚に関する法律を制定したのは、おそらくエジプトでしょう。古くは5000年前から結婚契約について定められていたんですよ。
川部
それはすごい。さすが歴史ある国、エジプトですね。ところで、日本では年々離婚率が高まっているのですが、エジプトではいかがですか?
カリール
残念なことに、イエスです。新しい法律ができて、離婚の際には慰謝料を男性が負担するなど女性の権利がはっきりし、日本と同じように独立した女性が増えています。そんな女性の考え方や価値観が、家族のあり方などに対しても影響を及ぼしているのではと思います。
バックグラウンドの見える「お見合い」は国際結婚にも有効なシステム
川部
ところで、日本人女性がエジプトの方と結婚しようと思ったら、受け入れられるものでしょうか?
カリール
日本人女性はもてますよ(笑)。「おしん」はエジプトでもテレビ放映され、高い視聴率を得ました。そのせいか、年配のエジプト人には日本人女性に対して「男性をリスペクトし、男性よりも一歩引いた態度をとる」という昔の貞淑な日本人女性のイメージが根強く残っています。エジプトでもそんな女性は理想とされていて、かつては妻は同じ食卓につかないとか、お客様の前には姿を現さないといった行為があったほどです。
川部
日本にいらしてからは、イメージや考えは変わられましたか?
カリール
そうですね、ずいぶん元気な女性が多いなという印象はうけました(笑)
川部
カリールさんの知人、お友達などで、日本人と結婚されている方はいらっしゃいますか?
カリール
たくさんいますよ。日本に赴任してからはとくに、日本人と結婚しているエジプト人と多く知り合いましたし。若いエジプト人にも、「日本人女性は奥ゆかしい」と人気がありますね。良い婚姻関係、ひいては良い妻は「家族の柱」として認識されるため、家事、育児含め家族をうまく切り盛りできる女性は尊重されます。
川部
私ども、結婚相談所のシステムは在日エジプト人の方々には受け入れられますでしょうか?
カリール
もちろん、受け入れられると思いますよ。いわゆる、「お見合い」ですよね。エジプトでは、結婚生活を失敗しないために、「お見合い」は有効的な手段だと考えられています。それぞれの家族構成や経済観念、価値観といったバックグラウンドをよく知っている人が仲介し、互いによく理解し合った上で結婚すれば、後に「こんなはずではなかった」という失敗が少なくなりますから。
川部
確かにその通りです。今の日本でも同じことが言えます。
カリール
結婚前に、結婚生活がうまく送れるかの判断について第三者を交えて多角的に行うのは、非常に重要ですよね。
川部
ちなみに、エジプトの方の「理想の結婚相手」はどんな方ですか?
カリール
グッドルッキングが一番でしょう(笑)。……というのは冗談として、人の好みはそれぞれなことは間違いありません。国際結婚に限らず、精神的に自立した上で、互いのスピリット、考えを理解しあうことは大切だと思います。
川部
日本ではイスラム教徒が非常に少なく、それらの知識や習慣を持つ人が少ないのですが、どのような点に気をつけて理解を深めればよろしいのでしょうか?
カリール
イスラム教にのっとって、エジプトは家族の結びつきが強く、家族を支えていくことが大事と考えている国です。ですから、相手の男性だけではなく、男性の家族のことをどれだけ愛せるか、そういう精神があるかどうかが重要視されるのではないでしょうか。
川部
家族のあり方が、宗教で示されているんですね。
カリール
そうです。とはいっても、宗教にひたすら没頭するのではなく、生活そのものに自然と反映されていることが大切であり、それこそが社会的に責任ある行動だと認識されています。例えば私の子どもたちが結婚したとしても、その後も経済的に子どもたちサポートするつもりですが、これも「宗教に従う」というよりは、宗教をバックグラウンドにした「道徳観」と言った方が近いです。
川部
結婚に関して、家族抜きには語れないのですね。
カリール
えぇ、今はずいぶん減りましたが、エジプトでは富を親族に集中させ、血族の名を保ち、親族をますます発展させるために、いとこ同士の結婚は珍しくありませんでした。今でも北部やベドウィンなどでは数多く残っている風習だと思います。
一週間も続く盛大な結婚式
川部
エジプトの結婚式は、どんな風に行いますか?
カリール
結婚式は非常に盛大で、長時間にわたります。
川部
オールナイトで盛り上がるとか?
カリール
オールナイトどころか、1週間ですね(笑)
川部
1週間?!
カリール
そうです、1週間です。結婚式にはいくつかの段階があって、まずは結婚式の1週間前くらいになると、「ヘナメイク」というペインティングを花嫁にほどこします。その後、家を飾ります。
川部
ヘナは日本でも美容染料として普及していますね。その後はどんな儀式を行うのですか?
カリール
結婚の宣言の儀式の後、結婚式はホテルなどで行われます。ゲストは1000人以上になることも珍しくなく、オールナイトになることもしばしばです。
川部
1000人ですか?!それはすごい数ですね。
カリール
親類や友人がたくさん駆けつけますからね。たくさんの花が飾られた会場で、次々にベリーダンスが踊られる様は、非常に華やかです。
川部
それはきらびやかな風景でしょうね。
カリール
さらに結婚式翌日は「サバヘイヤ」というイベントがあり、花嫁の親類が新居までさまざまな料理を運びます。大皿に乗せた料理を頭に乗せ、祝福の掛け声をかけながら運ぶのです。料理はビッフェ形式で用意されますが、外からケータリングされることもあります。各国の料理をいろいろ取り寄せられるので楽しいですよ。
川部
結婚式はまさに、一大イベントですね。
カリール
そうそう、指輪交換を右手と左手両方で行うのも独特の習慣かもしれません。
川部
右手と左手?それでは男性はお金がかかって大変ですね。
カリール
最近は節約も考慮したり、結婚契約の内容によっては、どれを花嫁側が持つなどを取り決めて分担することもあります。
川部
カリールさんはすべて負担されたのですか?
カリール
婚式はすべて私の方で負担しましたが、婚約式は妻側が負担しました。
川部
エジプトではハネムーンに行く人は多いのですか?
カリール
都市部の人を中心に、ハネムーンに行く人は増えています。私はフランスのニースに行きましたが、ハワイやタイなども人気のスポットですね。
川部
逆に、エジプトにハネムーンで来る外国人観光客も多いですか?
カリール
もちろん。ヨーロッパからのハネムーナーに人気なのは、ラブボートと呼ばれて親しまれている「ナイトクルーズ」です。3泊4日くらいでナイル川を客船で下る、いわばフローティングホテルですね。とくに人気が高いのは、ルクソールからアスワンに向かうコースです。ファルーカ(帆船)でのサンセットクルーズはとてもロマンチックですし、香辛料や工芸品、香水などを市場で購入することもできます。
川部
素敵ですね!ふたりの一生の思い出にするにはぴったりですね。
カリール
エジプトは歴史も、リゾートも、食も、そしてショッピングも楽しめる国です。みなさん、ぜひ新婚旅行は、エジプトにいらしてください!
Guest Profile
イブラヒム カリール
エジプト大使館 エジプト学・観光局、観光参事官 日本・韓国・台湾・オセアニア地区として2007年に赴任。それ以前にもエジプト大使館観光局の職員として在日したことがある、親日家。一男一女を持つ、よき父でもある。